「今夜は眠れません」
「旅先の駅で見た夕焼けが忘れられません」
そんな便りが届く。
DJは静かに応えていく。
「眠れない夜は、心が遠くを散歩している夜なのかもしれません」
「その夕焼けは、あなたを想う誰かも、見ていたんですよ」
夜一時。
小さな放送室にはDJが一人だけいた。
古いマイク。
擦り切れたレコード。
窓の外には静かな雨。
そして机の隅には、いつものジャーポット。
湯気を立てながら、ぽつんと置かれている。
番組名は『僕たちの時』。
大きなスポンサーもない。
有名なゲストも来ない。
けれど長年聴いてくれるリスナーがいた。
DJは放送の合間に、よくポットからお湯を注いだ。
コーヒーを入れるためだったり、お茶を飲むためだったり。
寒い冬の夜には、それだけで少し救われる。
ある夜、リスナーからこんな手紙が届いた。
「私は毎晩、一人で仕事をしています。放送の向こうで誰かがお茶を飲んでいる音を聞くと、自分も一人ではない気がします。」
DJは手紙を読み終えると、少し黙った。
それからポットのお湯をカップに注いだ。
コポコポという小さな音が放送に乗る。
「実はね」
DJは笑った。
「この番組の本当の相棒は、このジャーポットなんです。」
誰もいない放送室。
眠らない町。
静かな深夜。
その真ん中で、ポットだけが変わらず温かいお湯を用意してくれる。
放送が終わる頃には夜明けが近い。
DJは最後の曲を流しながら、空になったカップを見つめた。
ポットの保温ランプはまだ点いている。
まるで、
「おつかれさま」
と言っているようだった。
その夜もまた、多くの人が眠れない時間を過ごしていた。
けれど誰かはコーヒーを飲み、
誰かはお茶を入れ、
誰かはラジオを聴いていた。
そして放送室では、DJとジャーポットが静かに朝を待っていた。
それが『僕たちの時』だった。
特別ではないけれど、
確かに温かい時間だった。















