銀河ビズ-WEBマガジン「きゅん」

kyun.biz
最新号11月10日配信予定
イラスト
GingaBiz
編集部より

その町には、フリッパーと呼ばれる少年がいた。
本名を知る者はほとんどいない。
歩くより先に跳び、考えるより先に動く。
まるで魚が水面を跳ねるようだったので、いつしか誰かがそう呼び始めた。
夏の終わりのある日、町外れの倉庫で一台の古いマウンテンバイクが見つかった。
真っ赤なフレーム。
黒いタイヤ。
そして夕陽を浴びると、まるで炎をまとったように輝く。
人々はそれを「炎のマウンテンバイク」と呼んだ。
誰も乗りこなせなかった。
急坂では暴れるし、曲がり角では風より先へ飛び出そうとする。
けれどフリッパーだけは違った。
彼は笑いながらサドルにまたがった。
「行こうか」
そのひと言で、自転車も待っていたかのように動き出した。
坂道を駆け上がる。
森を抜ける。
川沿いの土手を飛ぶ。
夕焼けの丘を越える。
後ろには長い炎の尾が伸びているように見えた。
もちろん本当に燃えているわけではない。
だが二人が走るたび、景色まで赤く染まる気がした。
やがて町で一番高い山の頂上へたどり着いた。
空には一番星が輝いている。
フリッパーはハンドルに手を置いたまま、静かに息をついた。
「速く走るためじゃなかったんだな」
風が吹いた。
草が揺れた。
炎のマウンテンバイクは何も答えない。
けれどフレームの赤い光が、少しだけやさしくなった気がした。
その日から、フリッパーは時々その自転車で山へ登った。
競争のためではなく、
誰かに勝つためでもなく、
遠くの景色を見るために。
夕暮れになると、山道の向こうに小さな赤い光が走る。
町の人々は言う。
「あれはフリッパーと炎のマウンテンバイクだ」
そして子どもたちは、いつか自分もあの光を追いかけてみたいと思うのだった。

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