その町には、フリッパーと呼ばれる少年がいた。
本名を知る者はほとんどいない。
歩くより先に跳び、考えるより先に動く。
まるで魚が水面を跳ねるようだったので、いつしか誰かがそう呼び始めた。
夏の終わりのある日、町外れの倉庫で一台の古いマウンテンバイクが見つかった。
真っ赤なフレーム。
黒いタイヤ。
そして夕陽を浴びると、まるで炎をまとったように輝く。
人々はそれを「炎のマウンテンバイク」と呼んだ。
誰も乗りこなせなかった。
急坂では暴れるし、曲がり角では風より先へ飛び出そうとする。
けれどフリッパーだけは違った。
彼は笑いながらサドルにまたがった。
「行こうか」
そのひと言で、自転車も待っていたかのように動き出した。
坂道を駆け上がる。
森を抜ける。
川沿いの土手を飛ぶ。
夕焼けの丘を越える。
後ろには長い炎の尾が伸びているように見えた。
もちろん本当に燃えているわけではない。
だが二人が走るたび、景色まで赤く染まる気がした。
やがて町で一番高い山の頂上へたどり着いた。
空には一番星が輝いている。
フリッパーはハンドルに手を置いたまま、静かに息をついた。
「速く走るためじゃなかったんだな」
風が吹いた。
草が揺れた。
炎のマウンテンバイクは何も答えない。
けれどフレームの赤い光が、少しだけやさしくなった気がした。
その日から、フリッパーは時々その自転車で山へ登った。
競争のためではなく、
誰かに勝つためでもなく、
遠くの景色を見るために。
夕暮れになると、山道の向こうに小さな赤い光が走る。
町の人々は言う。
「あれはフリッパーと炎のマウンテンバイクだ」
そして子どもたちは、いつか自分もあの光を追いかけてみたいと思うのだった。















