雪が降り始めたのは、クリスマス・イブの夕方だった。
町の広場には大きなツリーが飾られ、商店街には暖かな灯りが続いている。
けれど、その夜の主役は恋人たちだけではなかった。
広場の片隅には、小さな古書店があった。
毎年この日になると、店主の老婦人は店の前に一枚の札を出す。
そこにはこう書かれていた。
「愛せよ乙女。そして心優しき者たちよ、今夜はどうぞ中へ。」
不思議なことに、その言葉に引かれるように人々が集まってくる。
遠くから来た旅人。
仕事帰りの青年。
一人暮らしの老人。
家族と離れて暮らす学生。
失恋したばかりの女性。
誰もが少しだけ寂しさを抱えていた。
老婦人は言う。
「今夜だけは、何かを失った人も、何かを待っている人も、みんな同じお客さまですよ。」
店の奥には丸いテーブルがあり、温かな紅茶が用意されていた。
人々は自然に話し始める。
好きだった本のこと。
若い日の失敗。
忘れられない風景。
会えなくなった人への思い。
話すうちに、誰かの寂しさは誰かの慰めになり、誰かの思い出は別の誰かの希望になった。
夜が更ける頃、一人の少女が窓の外を見ながら尋ねた。
「聖夜って、恋人たちのための日なんですか?」
老婦人は少し考えてから答えた。
「それもあるでしょうね。でも私は、人が人を少しだけ優しく思う日のことだと思っています。」
店の中は静かになった。
雪が降っている。
街の灯りが雪に映り、世界はいつもより柔らかく見えた。
やがて帰る時間になり、人々はそれぞれの家路についた。
誰も奇跡を見たわけではない。
人生が突然変わったわけでもない。
けれど胸のどこかに、小さな灯りを持ち帰った。
それは誰かを愛する気持ちであり、
誰かを許す気持ちであり、
そして自分自身を少しだけ大切に思う気持ちでもあった。
雪は朝まで降り続いた。
そしてその古書店の扉には、翌朝にはもう札はなかった。
ただ昨夜の言葉だけが、訪れた人々の心に残っていた。
愛せよ乙女。
そして、心優しき者たちの聖夜を。















