「のど飴ちょうだいと風と共に去りぬ」
秋の終わりだった。
駅前の並木道を吹き抜ける風が少し冷たくなり、人々はコートの襟を立てて歩いていた。
古本好きの佐伯は、その日も小さな読書会へ向かっていた。
課題の本は、古い名作『風と共に去りぬ』。
だが会場へ着くなり、彼は困った顔になった。
風邪気味だったのだ。
咳をこらえながら席につくと、向かいに座っていた女性が小声で言った。
「大丈夫ですか?」
「少し喉が…。」
すると彼女は鞄をごそごそ探し、小さな缶を差し出した。
「のど飴、ちょうだいって言われる前にどうぞ。」
佐伯は思わず笑った。
飴はレモン味だった。
読書会が始まる。
登場人物の強さや弱さ、愛することの難しさについて話し合ううち、喉の痛みも少し忘れていた。
休憩時間になると、窓の外で落ち葉が風に舞っていた。
その様子を見ながら彼女が言った。
「この小説の題名って、なんだか今日みたいですね。」
佐伯はうなずいた。
風は何かを連れ去る。
季節も、時間も、若さも。
けれど不思議なことに、何かを運んでくることもある。
たとえば偶然の出会いとか。
たとえば一粒ののど飴とか。
読書会が終わる頃には、空はすっかり夕暮れ色になっていた。
帰り道。
佐伯は缶を返そうとした。
すると彼女は首を振った。
「持っていてください。また喉が痛くなるかもしれませんから。」
「じゃあ、返す代わりに。」
「はい?」
「次の読書会でコーヒーをごちそうします。」
彼女は少し考え、それから笑った。
「それなら、喜んで。」
風が二人の間を通り過ぎた。
何枚かの落ち葉が空へ舞い上がり、そのまま遠くへ消えていく。
けれど、その日始まった小さな物語だけは、風と共に去らなかった。
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風車と怪人キリギリスの話 |
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