「決戦は金曜日と涙のカラオケ」
金曜日の夜になると、駅前の商店街は少しだけ華やかになる。
仕事帰りの人たちが居酒屋へ向かい、ネオンが灯り、週末の始まりを祝うような空気が流れる。
そんな町で、健一は毎月一度の「決戦は金曜日」を迎えていた。
別に格闘技の試合ではない。
会社の同僚たちとのカラオケ大会の日だった。
歌が得意な者もいれば、音程をどこかへ置き忘れてきたような者もいる。
だが健一にとっては、もっと大切な理由があった。
その会には、密かに想いを寄せる美咲も参加していたのだ。
一週間前から選曲に悩み、鏡の前で練習し、喉の調子まで整える。
まるで本当に決戦だった。
そして迎えた金曜日。
一曲目は無難に終わった。
二曲目もそこそこ。
ところが三曲目で事件が起きた。
昔よく聴いていた失恋の歌を入れた瞬間だった。
歌詞が流れ始めると、亡くなった父と一緒に車で聴いた記憶が突然よみがえった。
海沿いの道。
夕暮れのラジオ。
父の笑い声。
忘れていた景色が次々と胸に浮かぶ。
気づくと健一の声は震えていた。
歌い終わる頃には目に涙がにじんでいた。
店内は静かになった。
恥ずかしくて顔を上げられない。
ところが、美咲が拍手をした。
「すごくよかった。」
それは歌の上手さへの言葉ではなかった。
心から歌ったことへの拍手だった。
周りのみんなも続いて拍手した。
その夜の優勝者が誰だったのか、健一は覚えていない。
ただ、帰り道で美咲と並んで歩きながら、父の話を少しだけできたことは覚えている。
駅前にはまだネオンが輝いていた。
決戦は終わった。
けれど人生には、勝ち負けのない夜もある。
涙のカラオケは、そんな夜のためにあるのかもしれなかった。
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風車と怪人キリギリスの話 |
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