銀河ビズ-WEBマガジン「きゅん」

kyun.biz
最新号11月10日配信予定
イラスト
GingaBiz
編集部より

「決戦は金曜日と涙のカラオケ」
金曜日の夜になると、駅前の商店街は少しだけ華やかになる。
仕事帰りの人たちが居酒屋へ向かい、ネオンが灯り、週末の始まりを祝うような空気が流れる。
そんな町で、健一は毎月一度の「決戦は金曜日」を迎えていた。
別に格闘技の試合ではない。
会社の同僚たちとのカラオケ大会の日だった。
歌が得意な者もいれば、音程をどこかへ置き忘れてきたような者もいる。
だが健一にとっては、もっと大切な理由があった。
その会には、密かに想いを寄せる美咲も参加していたのだ。
一週間前から選曲に悩み、鏡の前で練習し、喉の調子まで整える。
まるで本当に決戦だった。
そして迎えた金曜日。
一曲目は無難に終わった。
二曲目もそこそこ。
ところが三曲目で事件が起きた。
昔よく聴いていた失恋の歌を入れた瞬間だった。
歌詞が流れ始めると、亡くなった父と一緒に車で聴いた記憶が突然よみがえった。
海沿いの道。
夕暮れのラジオ。
父の笑い声。
忘れていた景色が次々と胸に浮かぶ。
気づくと健一の声は震えていた。
歌い終わる頃には目に涙がにじんでいた。
店内は静かになった。
恥ずかしくて顔を上げられない。
ところが、美咲が拍手をした。
「すごくよかった。」
それは歌の上手さへの言葉ではなかった。
心から歌ったことへの拍手だった。
周りのみんなも続いて拍手した。
その夜の優勝者が誰だったのか、健一は覚えていない。
ただ、帰り道で美咲と並んで歩きながら、父の話を少しだけできたことは覚えている。
駅前にはまだネオンが輝いていた。
決戦は終わった。
けれど人生には、勝ち負けのない夜もある。
涙のカラオケは、そんな夜のためにあるのかもしれなかった。

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