その町は地図には載っていなかった。
名前は「想いの町」。
誰かを懐かしく思ったときや、忘れたはずの記憶がふいによみがえったときだけ、そこへ続く道が現れるのだと言われていた。
私がその町を訪れたのは、眠れない真夜中だった。
窓の外を見ると、見慣れたはずの街角の向こうに、小さな商店街の灯りが続いている。
気になって歩き出すと、いつの間にか知らない町に入っていた。
古本屋の軒先には昔好きだった本が並び、喫茶店からは学生時代によく聴いた曲が流れてくる。
角を曲がるたびに、過ぎ去った時間が静かに顔をのぞかせた。
そこで私は、一人の少女を見かけた。
白い靴を履き、月明かりの道をスキップしている。
こんな時間に。
こんな静かな町で。
けれど不思議と違和感はなかった。
少女は振り返りもせず、軽やかに進んでいく。
私は少し離れて後を追った。
スキップするたびに、小さな光が足元から舞い上がる。
それは忘れていた思い出だった。
初めて読んだ小説。
夏祭りの帰り道。
駅のホームで交わした短い会話。
好きだった人の笑顔。
光は夜空へ昇り、星になっていった。
やがて少女は橋の上で立ち止まった。
そして初めてこちらを見て微笑んだ。
「想い出はなくならないよ」
そう言った気がした。
風が吹き、私は目を閉じた。
次に目を開けると、そこはいつもの自分の部屋だった。
時計は午前二時を少し過ぎている。
夢だったのかもしれない。
けれど窓の外の月は明るく、どこか遠くで誰かがスキップしているような気がした。
あの夜以来、私は時々思う。
人は前に進むために歩くけれど、心だけは時々、真夜中にスキップをしているのだと。
そしてその行き先は、いつも「想いの町」なのかもしれない。















